蒲焼きと檸檬と娘のサロン

「頑張らないうつヌケ」をモットーに。だる~く、ゆる~く、時にはタイトにチートに。

倒すべき敵を見誤るな。倒すべきは己。

どうも!

 

さて、本日は幼馴染(♂)とラーメン&ポケGOツアーへ行ったレポ記事である。(タイトルはいったい・・・)

 

したがいまして雑談テイストでお送りいたします。

 

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実は、私の住む田舎は震災復興の一環で、ポケストップをピンポイントで大量に設置したところなのであり。

 

さる中島においては、狭いながらポケストップが密集していたり、レイドバトルなども結構熱い。

 

かと思うと、市の中心街を離れるとぱったりと過疎ったりする。

 

友人のぶーぶーで移動しながらアイテム収拾に専念していた時。お互いの力量を測る。

 

あんたァ・・・。いつの間にレベ40行ってた・・・。

 

ついこの前会ったときはレベルが30代前半だったはずなのに・・・。

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とまあ、まずは腹ごしらえである。

 

大王

 

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お客さん、近い近い近い!

 

いや違った。

 

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どん!

 

勿論大盛りでがっつりニンニクも効いている。

 

タンメンであるが、野菜にもしっかり味噌が絡んでおり、味がとにかく濃厚である。

 

「青いほ~し~に~ありがと~♪」

 

うんめえ!!

 

以上。食レポでした。(早ええよ!)

 

いやその、食レポは苦手なんである。食うのは人一倍好きだけど。

 

食べたのが11時40分くらいであった。

 

お昼時どんぴしゃだと混雑するだろうと少しばかり時間を外したのだが、あんまり広くない店内はお客さんでごった返していたのだった・・・。

 

さて、移動するッ!!

 

市の中心街はご多分に漏れず、地方の都市にはありがちなシャッター街である。

 

震災復興で少しテコ入れはあったものの、景気の反転のきっかけにはならず衰退の一途。人は歩いていない。

 

人口は減り、働き手は減り、若者は首都圏へ。

 

地方創生とはいったい・・・。まあ、今度じっくり語るか。

 

そんなわけで、友人のぶーぶーで移動しながらアイテム集めに専念する。

 

第五世代のポケモンがちょこちょこ出てきて楽しい。

 

「見ねえ顔じゃのお、ワレェ・・・。」

 

ああ、アレか・・・。メイちゃんが連れてた・・・。

 

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今日はミュウツーに挑む。気合を入れていこう。

 

しかしだ。

 

ロケット団のいるとこ、したっぱがねみい、だりい、めんどくせえとか言ってるけどこいつゥ・・・。

 

ブラック企業に入って3日で退職するタイプである。

 

そのくせ、勝ったときはイキってるのな。

 

友人はロケット団したっぱの放つモンスターをすかすか倒していくけど、私は勝てない。基本的に。

 

果たしてミュウツー戦の戦力になるのだろうか?

 

ともあれ、色々なスポットを巡りながら、レイドバトルが熱い場所へ移動する。

 

ここは市の中心街からは外れる。

 

こっち側に大手スーパーが出店し、人の往来も多いのだ。まごうかたなきスプロール化である。

 

待つ。巌流島決戦みたいだ。

 

「卑怯な手~使ってもいいか?」

 

「いいけど、そんなのあるのか?」

 

「放屁。」

 

「・・・・・・。」

 

会話が途絶えた。

 

うんこおおおおお!!

 

うおッ!!たくさん人が集まっているッ!!

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明らかにポケGO目当ての人々はすぐにピンと来るのさ。

 

だが。

 

マクドナルドで何も注文しないで駐車場で待つのはやめようねキミたち。

 

我々はシェイクを頼んださ。

 

ミュウツーとは二回戦。なんかイヤらしい響きだが気のせいだ。

 

私は一匹捕まえた。

 

友人がなんか浮かない顔をしている。

 

「だめか?」

 

「うん、クズだな。」

 

ミュウツーをクズ呼ばわりする。

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博士に送りやがった。

 

「・・・・・・。」

 

お前、友達いねえだろ?w

 

私は喜々として我が小隊に組み込んだ。

 

まあ、友人に言わせるとクズのミュウツーだが、ゴジータみたいに化けるかもしれない。大人の階段上るかもしれない。

 

クズのミュウツーとは言え、圧倒的に強いのだ。そしてかっこいいのだ。

 

私にとってはそんな存在感のある存在。それが伝説のポケモン!!

 

ロマンを追いすぎると・・・追いすぎても飽きちゃうんだろうな・・・。

 

しかし、友人の表情にも光が灯るときがやってきたのである。

 

あれです、海釣り行って何度も地球を釣りながら、最後の最後ですんごい引きが来たような。

 

「よし、めんつる、入るぞッ!!」

 

確変みたいなもんかな?

 

「パンツァーフォーー!!!」

 

友人は気合を入れる。同じミュウツーバンギラスメタグロス、カイリキーなどを戦線に放り込む。

 

カイリキーを吉田沙央里と呼んでいた。

 

「やったあああ!!」

 

・・・あれか!!Tバ〇ク持ち上げ食い込み宙吊り的なエグさか!?

 

「やったか!?」

 

「オウケイ。こいつはイケるやつだ。」

 

「博士に送らなくてもいいやつな。」

 

友人の笑顔が眩しかった。 

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私は初ミュウツー。友人はそこそこ強い方のミュウツー

 

素敵なひとときでございました。

 

ポケGOをご存じない方は雰囲気だけ味わっていただければ幸甚です。

 

さてさて。あとはいつもの部屋に戻りのんびり数学を解いております。

 

この参考書であるが・・・。

 

 これ、合う合わないあるのかなあ・・・。レビュー見ると。まあ400ページくらいあるのだが。

 

私は好きなんですけどね。

 

本当の初歩の初歩の問題や解説から、難関大入試レベルの本格的な問題までカバーしている。

 

順を追って難易度が上がっていくんだけど、あとの章で解説されている解法やら公式やらを使わないと解けないようになってる問題があったりするところが敬遠されているのかもしれない。

 

レベルの高い良問に挑むのは数学の醍醐味だ。

 

この参考書は良書なんだけど、そう言う意味でちょっと構成的に問題があるのかもしれない。

 

解説の詳しさは非の打ちどころがない。

 

優れた問題集なり参考書なりは、とりわけ数学に関しては跳び箱の段数を少しずつ増やしていくように、段階を踏ませ挑戦させる構成であることが望ましい。

 

私が常日頃ベタ褒めしている「大学への数学シリーズ」の場合は、あれはあれで商売上手なところがあって、入門レベルから標準、発展へと段階を踏んで書を次々換えている。それもまたよし、だ。

 

整数関連であれば、大数なら「マスター・オブ・整数」がある。

 

マスター・オブ・整数―大学への数学

マスター・オブ・整数―大学への数学

 

 

順番的に、

 

「教科書→何か入門的な参考書でゲタ(青チャなど)→一対一(大数)→新スタ演(大数)(→整数問題が面白いほど・・・)→マスターオブ整数(大数)→新数学演習(大数)」

 

あたりの流れがいいと思う。

 

ただ、コスパはあんまりよくない。

 

効率を考えるのなら、「整数問題が面白いほど・・・」はちょっとボリュームが豊富すぎるかもしれない。選んである問題は良問が多いけど。

 

整数の問題は確率あたりと並んで少しばかり特殊だ。一度密度の濃いテコ入れをすると武器になるけど、苦手な人はとことん苦手だろう。

 

不等式を巧みに使ったり、数列などと絡めての融合問題も多い。当然難関大では出題頻度も高い。

 

ここをどうにかしたい、と言う人にはお勧めの書である。

 

確率は「ハッ確」と「解法の探求」が必須である。たぶん。 

 

ハッとめざめる確率

ハッとめざめる確率

 

  

解法の探求・確率―大学への数学

解法の探求・確率―大学への数学

 

 整数問題にあんまり力を割くな、と言う人もいるけど、さすがに上段の問題集や参考書のリストはやり過ぎだが、あんまり良策とは言えないと個人的には思う。

 

数列とか確率なんかでも、整数の知識がないと解けない問題は多いのだ。難関大の理系、とりわけ京大は整数の論証問題が大好きである。

 

と、まあ、途中から数学の話になったが、「マスター・オブ・整数」のあとがきに、「初等幾何・初等整数・場合の数」はやっとけ、と書いてあった。

 

私も異存はない。

 

 

マスター・オブ・場合の数―大学への数学 (分野別重点シリーズ (2))

マスター・オブ・場合の数―大学への数学 (分野別重点シリーズ (2))

 

 こんなところで終わる。では。/おしまい。

 

アメリッシュ様(id:funyada 

 

コメントありがとうございます!

 

蚊には殺意しか沸かないですw。う~ん・・・どっちなんでしょうね・・・。世界基準(?)ではどっちかが分からないと言う・・・。

 

>切株おやじ様( id:masuhiro6595  )

 

コメント、ありがとうございます!

 

悪意や敵意があるとすると、一番怖いのは人間なのかもしれませんよね。怖い人いっぱいいますし・・・。

 

 >ちゃんこ様(id:chanko_bamboo    

 

 コメント、ありがとうございます! 

 

トリュフ探しのバイトはブタさんにならないとできないですねw。サイコパス、後半になるにしたがって尻上がりに面白くなりそうな・・・。

 

> タコスカ様(id:kefugahi   

 

コメント、ありがとうございます!

 

ちょっと変わった先生でした。いきなり授業参観の時に泣き出したり・・・。何か闇を持ってたんですかね・・・。

 

>ハマサンス様(( id:hamasansu   )

 

コメント、ありがとうございます!

 

三匹も!なんとも忌々しいですねえ。

 

その先生はちょっと子供心にも心に闇を抱えてるっぽさがありました。大丈夫だったかなあ・・・。 

 

 

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トリュフ探しのバイトをする夢を見た。

どうもです。

 

三連休中日。

 

私は引きこもりながら数学の問題を解いております。皆様はいかがお過ごしでしょうか?

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二回ほど続けてお堅い内容の記事を続けたので、今日は雑談テイストでお届けしたい。

 

だが。

 

これが難しい。

 

よく「心の声」を聞きなさいよ、と言うことが言われる。

 

とんちを利かせる。一句ヒネる。

 

数学の問題に取り組みああでもない、こうでもないと知識や公式の引き出しをまさぐる。

 

ふっと、インスピレーションが差し込み、宿便がどばっと出るがごとき爽快感に浸る。(いちいち例えが下品なんだよ)

 

一方、判断やジャッジと言ったもの。

 

これは表層の意識のレベルでの思考であり、自我とかエゴとかと親和性が高い。

 

別に自我とかエゴとかが悪いことなわけではないんだけど、多くの思考は自分を安全に保ったりするために変化を嫌う。

 

「これをやると人様に迷惑がかかるから・・・。」

 

「上司にどういわれるだろう、みんながどう思うだろう・・・。」

 

「ああ、こんなこと言っちゃったけど、変に思われなかっただろうか。嫌われなかっただろうか・・・。」

 

こう言うものだ。

 

多くは例えば幼少期などに目上の人などに刷り込まれた、規範的で自分を束縛してしまう枷のようにも感じられる。

 

これはここで言う心の声ではない。

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そう言うのが先行すると人は不安を強めたり、ネガティブな思考に囚われてしまったり、物事をフラットに見づらくなったりする。

 

こう言う時にふと、思考の力を緩めてやる。

 

深呼吸してリラックスし、「快⇔不快」の行動原理を出来るだけ取り入れたり、自分にツッコミを入れたりする。

 

「(その判断は)本当?」

 

などと。

 

すると、無意識領域の扉が小さくも開いたりするわけだ。

 

ただ、少しばかり熟練が必要である。

 

さて、そんなわけで。

 

私の心の声はどうもシモネタが好きなのだ。

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ふっと何かヒラメキががあったりすると、それがエグい下ネタだったりする。

 

格調高いはてなブログで、そんなに赤裸々に下ネタを披露するわけにもいかない。

 

しかし。

 

その格調高い云々の部分が思考、判断なのである。たぶん。

 

まあいい。

 

さて、そんなわけで、雑談は私にとって結構無意識の部分を使わなければならない。

 

知識先行のものであればつらつら出てくるんだけど、雑談の方がうんうんうなったりするわけだ。

 

何も気楽にやればいいものを。

 

昨日。

 

寝ながら蚊の羽音に悩まされていた。

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蚊取り線香はたいているッ。

 

部屋がそんなに広いわけでもない。むしろ狭い部類に入る。

 

それなのに。

 

ふっと、意識を手放そうとするその瞬間。

 

ぷうううううん。

 

間抜けな羽音が耳元を掠める。

 

びたん!!

 

頬を叩くも、手ごたえがない。あってたまるか。

 

それでツブせたことなど一度もないのだ。

 

昔の剣豪とかだったら出来たのかもしれない。

 

だが、私がやっても頬に鈍い痛みが走るだけだ。

 

なんと忌々しい。

 

暗闇に目が慣れても、やつは極小だ。自在に空間を飛び回り、時折襲来してくる。

 

「襲ってくるゥ!!」

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びたん。

 

ぷいいいいい~ん。

 

バカにしたように遠ざかってゆく。

 

だが、怒りに囚われては快眠など程遠く、私はでっかい深呼吸の後でっかいあくびをして、また眠りにつく。

 

そのうち、羽音が止むのが早いのか、私が入眠するのが早いのか、寝ていた。

 

羽音が止む時の多くはやつが蚊取り線香の分厚い煙に巻かれたときだろう。

 

ざまあみやがれ。

 

しかしだ。

 

蚊は人間の都合で生きているわけではない。

 

蚊の目線で世界を見てみたい。

 

蚊は。

 

まあ多くは、反射だけで動いている。やつらの魂はまあ五分だろうが、吸血することで生を永らえ、また養分をつけて生殖行動に繋げ、子孫を残す。

 

何も人間に不快感を与えるために生きているわけではない。

 

やつらの使命とは何なんだろう。

 

この辺は「寄生獣」と言う傑作漫画の中でも語られていたような気がする。詳しくは忘れたが。

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なんじ、隣人を愛せよ。

 

エス=キリストは言うた。

 

蚊はなんだか得体のしれない生き物で、隣人でもなんでもない。

 

そんなものに愛など持てない。

 

そこまで人間出来ていない。

 

だから今日もせっせと殺生する。

 

蚊取り、オン。

 

エレ〇チオン。

 

・・・寝入りっぱな、ボ〇キするなや。

 

まあいい。

 

ただまあ、蚊の目線と書いたが、世のすべての事象や物事は、どっちが原因でどっちが結果かは分からないと言うのが真相だ。

 

どっちが原因でどっちが結果か、と言うのは、混沌とした世界の一部を切り取り、さる価値基準で、つまりは人間の思い込みで境界線をつけて切り出したものだ。

 

だからA君がB君を殴ったとする。コブシで。

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だが。

 

実はB君の顔がA君のコブシを殴ったのかもしれない。

 

これは分からない。

 

あらゆる物理現象はそう言うものだ。

 

蚊に話を戻す。

 

うんこおお。

 

そもそも、物事に線を引きたがるのは何だろう。

 

それは人間のサガみたいなもので、人間の思い込みで引いている。

 

人間様のゴツゴウなわけだ。

 

だからって、なんて独善的なんだろう、なんてややこしいことは言わない。

 

蚊が迫ってきたら対抗するのみだ。

 

コブシで。

 

拳だったらオレの頬が腫れるやんけ。

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昔。トンデモ教師がいた話をして終わる。

 

いきなり頬を張られた。

 

結構ヒステリックな先生で、喜怒哀楽が激しく割とそう言うスイッチが入り易かった。なんとなく情緒不安定だったわけだ。

 

消しゴムを落とし、その消しゴムを拾おうとしたとき、その教師の歩行を少しばかり妨げてしまった。

 

びたん!!

 

「いてッ!!」

 

「殴った私の手も痛いわ!!」

 

すげえワケ分かんねえw。

 

それって心を鬼にして子供を叩く母親のセリフではなかろうか?

 

どっちがどっちを殴ったのだろう。

 

私が教師の心を殴ったのだろうか。

 

それともさっきのように、私の頬が教師の掌を殴ったのだろうか?

 

未だによく覚えている。

 

終わります。では。./おしまい。

 

>Green様(id:shiho196123   

 

コメント、ありがとうございます!

 

流れるままに内観。本当にそうですね。その境地に達することが出来たら・・・。まさに「悟り」です。

 

 >モカリーナ様:(id:mocharina09  

 

コメント、ありがとうございます!

 

見かけはあんまりかわいくないですけど、結構目上の方には可愛がっていただけます。ありがたいことです。

 

ビッグボーイ様( id: juliajewelkali 

 

コメント、ありがとうございます!

 

不二一元論もそう言う考え方のようですね。輪廻転生と言うのはこうあってほしいと言う人の願望が少なからず反映されているのかもしれませんね。

 

> タコスカ様(id:kefugahi   

 

コメント、ありがとうございます!

 

モールで咳込み・・・。それは嫌ですねえ。寒くなるのも急ですよね。

 

>tomoeagle様(id: tomoeagle   

 

コメント、ありがとうございます!

 

お褒めいただきありがとうございます!

 

>ひめぐま様(id: himegumatan   

 

コメント、ありがとうございます!

 

右脳と左脳の共同作業で脳梁も活発に働き、頭にはすごくいいはずです。ぜひぜひ。

 

 

 

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私が私を見つめてました。

どうも!

 

さて、寒い。とっても寒い。

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風呂沸かして朝風呂に浸かろうと思ったけどシャワーにしてしまった。

 

思わずチキン肌である。

 

行楽のシーズンが巡ってくる。春と秋は好きだけど短い。

 

春夏秋冬、四季の移り変わりやメリハリがきっちりしている日本の風情。情緒。

 

ああ、世界はこんなにも残酷で美しい。(「進撃」の見過ぎ)

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イケメンクリスタ。

 

ただ。

 

最近、年の近い人と酒を呑んでない。

 

どっちかと言うと年配の人と呑むことが多く、多くはただ酒を恵んでいただくことになる。

 

人様のお金で呑む酒は美味い。(こらこら)

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その代わり、別の所でしっかり汗してその人に恩返しするのだ。

 

「ギヴアンドテイク」はあんまり好きじゃない。そこに義務感が生じ、気持ちが重たくなる。

 

「ギヴアンドギヴ」。無私の心。相互の「winwin」。相手に喜んでもらう。

 

こっちのが行動原理・規範として相手にとっても自分にとっても価値がある。

 

そんな気はするし、やってて気持ちが満たされるし自分の成長にもつながる、と思う。

 

前記事の流れを引き継ぎ、そんな「私」と言うものについてとっぷりと語る。

 

 

shirosuke0214-pr-tomo.hatenablog.com

 

アートマン(私)」と書いた。

 

アートマン」。

 

「芸術男」ではない。なんとなく故岡本太郎氏を思い出した。

 

西洋の科学とか哲学とかが、「世界(外側)を把握し制御しようとする」学問体系であったのに対し、東洋の関心事は「自己(私)」を深く深~く掘り下げるものであった。

 

で。

 

代表的な東洋、特にインドの仏教の徒として、ヤージュニャバルキャ、釈迦、龍樹と言う三名にご登場いただく。

 

まずは「ヤージュニャバルキャ」である。舌噛みそうな名前だけど。

 

最初にこの人が言ったこと。

 

それは「梵我一如」と言う。

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どう言う事か。

 

『「世界を成り立たせている原理(梵=ブラフマン)」と「個人を成り立たせている原理(我=アートマン)が実は同一のものだよ』/「史上最強の哲学入門」より抜粋

 

 

 と言うものだった。

 

その理論に基づき、彼は、

 

アートマン(我、自己、私)の正体がブラフマン(梵、世界の根本原理)と同一であることを知った人間は、すべての苦悩から解放され「究極の真理」に到達する。

 

と言うことを唱えた。

 

は?っと受け入れられない方もいらっしゃるかもしれない。

 

だって、例えば世界は容赦なく色んなものを奪っていくし、投げつけていくし、壊しても行く。

 

端的には自然災害があろう。

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少なくとも混沌としていて、掴みどころのないものだ。

 

西洋の科学の関心事が前述のように世界の把握とか制御に向かっていたことからも、その真実やら真理やらに到達するのは容易なことではないと言うのは直感的、感覚的にも分かる。

 

一方で。

 

「人生のすべての答えは己の中にある」

 

と言うような言葉も。

 

高橋ヒロシ先生の「WORST」でもそんなことを言っている。

 

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ここは順を追って、釈迦や龍樹と言った人にどう引き継がれそう変遷したりしていったかはのちのち話していくけど、まずはヤージュニャバルキャの言わんとしていたことをまとめる。

 

あるとき。ヤー(略)が究極の真理を求めんがため、家族を捨て旅に出る。

 

隠遁生活をするため今で言う出家みたいのことをするのだ。

 

そして妻に財産を分与しようとする。

 

彼の妻が言う。

 

「あなた、もしもこの大地がすべて私のものになったとしたら、それによって私は不死になるのかしら?」

 

ヤー(略)はこう答えた。

 

「いいや、ならないよ。君は富を得ることで裕福な生活を送ることができるようになる。しかし、それで不死になることはない。」

 

「ねえあなた。だったら富に用なんかありません。それより、あなたが知っている不死の秘密を私に話してください。」

 

と妻。

 

財産貰って金持ちになっても死んだら意味ないよね。そう言う事だ。

 

これに対しヤー(略)は。こう答えた。

 

アートマンとは不滅のものであり、本性上破壊されないものである。(中略)アートマンについては「に非ず、に非ず」としか言えない。それは捉えることができない。なぜなら捉えようがないからである。それは破壊することができない。なぜなら破壊しようがないからである。それは執着することができない。なぜなら執着しようがないからである。それは束縛されることもなく、動揺することもなく、害されることもない。ああ、どうやって認識するものを認識できるであろうか?妻よ、不死というのは、こういうことなのである」/『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド

 

ケムに巻いたような言葉だが、以降詳しく説明する。

 

分かりにくくも深い所は、「認識するものを認識できる?」ってとこ。

 

あとは「束縛されることも、動揺することも、害されることもない」ってところ。そして「に非ず、に非ず」だ。

 

まずはちょいと論理学的な文脈で説明をつけよう。

 

「認識」と書いた。

 

「認識」。はてさて。

 

これは前記事で触れた、意識体験が引き合いとして出てくる。

 

「私」と言うもの。

 

これはなんぞや?と言う時に、ああ、この身体が私ですよ、と自分の身体を指さして素朴に答えるとか、〇〇商事の課長が私です、とか。

 

色々な表現が考えられる。

 

でも。

 

どれも本質的な「私」の定義にはなっていない。「私の証明」としてもっとも本質的な答えとしては、昨日書いた、

 

「色んな事を見たり感じたりできる意識現象があること」

 

が一番あらゆる反論や懐疑に耐えうるものなのだ。

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脳みそは器でしかなく(今の科学の枠組みでは少なくとも)、身体と言うのも次のような理由で答えには至っていない。

 

会社へ行き、飯を食い、セクハラして、定時に帰る。そんな日常が続いていくとしてもだ。

 

自分が死んでいなくなったら?と言うことを考えてみると分かる。

 

死後、自分のコピーロボットが動き出す。そして同じ日常を繰り返すとする。

 

意識体験や意識現象を伴わないこれらの活動は、”コピーロボットが代わりに生きている”人生ではないか。

 

もう肉体は滅びているわけだから、肉体や身体と言うのは、勿論脳みそも含めて私とは何?と言うクエスチョンにダイレクトには答えていない。

 

「〇〇会社の〇〇です」と言う肩書なんかもそうで、今この瞬間に「私」が存在する必要条件にはなっていない。

 

会社が倒産して無職になったら私は私でなくなるだろうか?

 

否、勿論ならない。

 

ちょっと話がややこしくなってきたけど、どうしても意識とか、心とか。こうしたものを引き合いに出さなければ「私」とは何か?のアンサーにはならない。

 

さて、この前提で、「認識」と言うことについて考えてみる。

 

「色んな事を見たり感じたりできる意識現象があること」

 

これが「認識」、である。

 

私と言う存在の本質は、身体でも、思考などの精神的な活動でもなく、

 

「色を見たり、感じたり、触感を感じたり、わくわくしたり・・・と言った、認識することそのもの」

 

と言うことだ。

 

だとすると。

 

次のことが成り立つ。

 

「ああ、どうやって認識するものを認識できようか?」

 

これはできないよね?と言うヤージュニャヴァルキヤの問いかけだ。

 

哲学者のサルトルも「存在と無』の中で同じことを言っているのだが、「認識するものを認識することは絶対にできないよ」と言うこと。

 

それを以下に示す。

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仮に。「認識するもの」を認識できたとする。

 

これは背理で、できないものを無理やりできたことにしてみるわけだ。

 

よし!認識するものを認識したぞ!と言って矛盾を証明する流れだ。

 

すると。

 

「認識したぞ」と言ってる以上、その「認識した」に対応する「認識するもの」が存在しているはずだ。

 

だって、「認識するもの」がいないのに、「認識した」とは言えない。

 

つまり。

 

「認識するものを認識したぞ」と言い張っている認識するもの、がどこかに存在していると言う事である。ややこしくなってきましたね。

 

おお、そうすると、その「認識するもの」もちゃんと認識してやらないといけない。そうじゃないと、「認識するものを認識できていない」と言うことになってしまう。

 

じゃあ、さらに無理やり「認識した」と言ってしまうとする。

 

『「認識するものを認識したぞ」と言い張っている認識するもの」を認識した。これで大丈夫だ。』

 

・・・本当に?

 

いや、「認識」と言う二文字が永遠に折り重なっていくだけである。なんとなく垂直に認識するものとか認識が積みあがっていく感じだ。

 

これを「無限遡行」と言う。

 

どうやっても認識されていない「認識するもの」が出てきてしまい終わりがないのだ。

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だから帰結として、「認識するものは認識できない」と言うことになる。

 

「認識の特徴である『主観-客観』の二元性を意識のなかに導入することを意味する」

 

と言うことを言って同じ論理を展開したのがサルトルであるがまあ、おんなじことだ。

 

「私が私自身を認識できるとすると、無限遡行と呼ばれる論理的にヘンテコなことが起きてしまう。だから、私が私自身を認識するという関係性は成り立たないよ。」/「史上最強の哲学入門」より拝借

 

ここまでOKだらうか。難しいんだけど。

 

では。以降まだまだ続く。/おしまい。

 

>しんふぁぶ様(id:shinfab 

 

コメント、ありがとうございます!

 

きっとそうなんですよね。子宝に恵まれると守る者が出来た、と言う意識になるし、物事の見え方も変わってくるのだと思います。

 

>切株おやじ様( id:masuhiro6595  )

 

コメント、ありがとうございます!

 

これ、永遠の謎ですよね。そう言う話は聞くけどホントに?とは思います。私は死後の世界も魂も輪廻転生も信じていますが、記憶はたぶんリセットされるんでしょうね。

 

アメリッシュ様(id:funyada 

 

コメントありがとうございます!

 

もともとはナチスでしたか・・・。真相はいかに?

 

知を追い求め、魂が喜ぶような生き方をする。哲学者はそうやっていたみたいです。す、すげえ・・・。

 

ビッグボーイ様( id: juliajewelkali 

 

コメント、ありがとうございます!

 

おおお!?ありがとうございます!カルペ・ディエムもメメント・モリも初めて目にします。「不二一元論」も。ぜひ調べてみます。

 

モカリーナ様:(id:mocharina09  

 

コメント、ありがとうございます!

 

分かり易い説明ができるように日々精進です。読んでいただき感謝です。ありがとうございます。

 

> タコスカ様(id:kefugahi   

 

コメント、ありがとうございます!

 

アインシュタインはなんか電波系天才っぽくもあり。キャラのカッコよさはもうカリスマ級ですよね。

 

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うつ病闘病記(仮称)■
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「死」・「生」・「苦」・・・「悩み」についてがっつり語ります。④

その昔。

 

オタクの先輩とオタクの私が、ファミレスでメシをふにふに食いながら熱いトークかましていた。

 

先輩:「お前、二次元の残念系美人は好きか?」

 

私:「え?いやあ、嫌いな人いるんですかねえ?」

 

先輩:「人のことはどうでもいい。お前はどうなんだ?」

 

迫ってきた。

 

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↑「残念系」でググって出てきた人たち。(名前を当ててください。当てても特に差し上げるものはございませんw)

 

どうも。

 

週休二日の皆様はお仕事・家事育児・学業お疲れ様でございます。

 

ちと早いけど。

 

本をつらつらと読み、メシをふにふにと食い、不敵に笑う。そして放屁。

 

人間一日に6万回も思考するそうで、その多くがとりとめもないことだったり、嫌な思い出の反芻だったり、甘酸っぱい恋の物語だったりする。

 

およそ、脳みそと言う器官を取り出してみても、こうした意識体験の何一つようとして掴めない。

 

だからこそ永遠のテーマとして神秘のベールをまとっているのであ~る。

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考えてもみてほしい。

 

脳みそはまあ、論理的・理性的思考を司る所や情動・本能を司る所などなどざっくりモジュール化してるけど、ミクロ的にはニューロンとか言うミミズみたいなものがわんさか集まり繋がった器である。

 

で。

 

例えばリンゴが赤い、と言うこと一つとってもだ。

 

その独特の「赤」と言う感覚や質感みたいなものを、そのミミズのどんな相互作用を通じて展開されているのか、説明が付けられるのか?と言うと、現代の科学の枠組みでは何一つ分からないわけだ。

 

勿論カレーが美味いとか、恋人といるとときめくとか、隣のおっさんがなんか臭いとか、五感も交えてちょっと複雑にしただけでも余計にややこしくなる。

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何が言いたいかと言うと。

 

このブログではつたない記事で、「死」や「悩み」といったテーマを泥臭く語っているわけだけど、そのテーマを引き継ぎさらに語りたいだけで。

 

ああ、それなりに色々自分も学んでいるんだな、とちょっとだけ個人的に嬉しくもあり。

 

つうわけでタイトルの通り、もう少し突っ込んで語る語り部となる流れを一子相伝で・・・引き継ぐ。(んな大層なものかよ)

 

(ご案内)

 

「死」について少しだけ前記事で触れたし、ひとつコーナー化している。

 

過去に何度か死にかけた話をしておりますw。

 

 

shirosuke0214-pr-tomo.hatenablog.com

 

 

 

shirosuke0214-pr-tomo.hatenablog.com

 

 

shirosuke0214-pr-tomo.hatenablog.com

 

 

shirosuke0214-pr-tomo.hatenablog.com

 (テキトーに読んでいただければ・・・w)

 

で、「死」について哲学的に考えたり、心理学用語で言う所のリフレーミングある出来事や物事を、今の見方とは違った見方をすることで、それらの意味を変化させて、気分や感情を変えることです)などを試みてみたり、俯瞰・客観視してみたり。

 

色々試してみた。

 

するとである。

 

いや?

 

そりゃあ死ぬのは怖いし、誰だって死にたくはないけど、その恐怖と闘うでも立ち向かうでもなく、なんとなく飼い慣らしたり、受け入れたり、解釈を変えていろんな角度から見てみたりで、思索の対象としては実に価値のあるものだと言うことが分かっても来た。

 

 

「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版

「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版

 

 

道は開ける 文庫版

道は開ける 文庫版

 

 

「死の恐怖」を克服する術と言うものを提示することはできない。いや、そもそも克服するようなものでもないのだろう。

 

上の二つの書は、「死」についてがっつり語った良書であり、二作目は過去記事で何度か取り上げてもいる。

 

前著はざっくりと言えば、死を哲学的にどう捉えるか?と言う内容が大半で、後著は死に直面した人の、死にどう立ち向かったかの事例を多々取り上げている本だ。

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私はかつて、いやつい最近まで、死とか、自分が自分でなくなるとか、そのことを極度に恐れていた。

 

その辺のビビり具合は過去記事をトレースすると笑っちゃうほど伝わってくるので、もしよろしければ笑ってみてほしい。

 

いや、今だって怖れているんだけど、そもそも考えたってしょうがない話で、結局いつかは死ぬよね、ってところに落ち着きつつある。

 

恐れの根源は、まあ記憶とかまっさら消されて無になるか、あるいは魂として次の生として輪廻転生するか。

 

それは分からないんだけど、死に際にやり残したことがありまくりで後悔するとか、犬死するとかをことさらにネガティブに捉えビビり倒していたし、いるわけだ。

 

それを、上のイエール大学の先生の著では「剥奪説」と言っている。

 

例えばだ。

 

「ああ、わしゃあいつお迎えが来てもええよ、ふぉっふぉっふぉ。」

 

と縁側でのたまう好々爺がいるとする。

 

まあ、「北斗の拳」のラオウでもいいだろう。

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彼らは生ききった感じがする。

 

あとはアインシュタインも腫瘍が見つかって、

 

「ああ、もうやり残したことはないよ。」

 

とお医者さんに告げて亡くなっている。

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別に社会的に名声を得たとか成功したとか云々に関わらず、やり残したことはない、と言う気持ちで天に召されるのは、その人からすれば後悔のない生き方をしたと言うことで、とても価値ある尊いことであると思う。

 

一方。

 

「剥奪説」と言うのは、これからの未来や人生やりたいことややり残しがたくさんあり、希望をようやく見出した人なんかが、突然青天の霹靂で死の宣告を受けた時などのシチュエーションを想定すると分かり易いかもしれない。

 

この世に未練を残して死ぬ。いや、そんなことを考える間もなく理不尽・不条理に突然命を絶たれる。

 

そう言う命も多い。

 

だが、人間誰しも死ぬときは死ぬ。これは動かしようのない事実だ。

 

釈迦は80歳くらいの時食あたりで亡くなっているが、彼は「老・病・死」と言う不幸を苦行によって乗り越えようと修行した。

 

想像を絶する苦しみだ。

 

なんでそんなことをするのか。

 

当時インドでは、「アートマン(私)」と言うもの(これはいずれ深く説明しますが)がなんなのか、とか、究極の真理とは?みたいなことを追求する上で、さる事情で苦行を科すことがそれを知る道なのだ、と信じ込まれていたからである。

 

だから人は苦行自慢とか、苦行マウントなんかをしていたらしい。

 

「オレは浣腸されたけど、三日脱糞してないぜ?」

 

「オレは四日目だ!」

 

「オレは・・・。」

 

と言う具合である。

 

この流れに異論を唱え、終止符を打ったのが釈迦だったわけだ。

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いや、いくら苦行で自分を痛めつけても真理なんか分からんよ、と。

 

で、「中道」と言う道を進み、また示した。

 

悟りとか真理とか言うものが、「老・病・死」と言う苦しみを超越するものであれば。

 

じゃあ悟った釈迦はそのために何をしたらいいの?ってことにも一応の答えを提示しているわけだけど、それは正しい努力をしなさいとか、徳を積みなさいとか、正しく精神を安定させなさい、と言ったようなことだった。

 

これを総称すると「八正道」と言う。

 

ぶっちゃけて言えば、考えてもしゃあないから正しく生きなさい、と言うものだ。

 

それでも人は考え、懊悩する。

 

苦しみの根源は執着である、と言うことを言ったのも釈迦だ。

 

じゃあ、日がなネガティブな、そもそも否定的な思考や感情に支配されている自分はどうなるの?って人はとても多いと思う。

 

それは私もうつ病を患ったし、患っているからよく分かる。

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ある日。

 

さるスピリチュアル本を手に取ったときのことは忘れない。

 

「あなたが病になりたくないのなら。簡単である。今すぐネガティブな考えを止めなさい。そうすればあなたは・・・。」

 

みたいなことが書いてあった。

 

私はその本を床に叩きつけて、ストンピング(=プロレス技の「踏みつけ」ですな)をかましたくなった。

 

「バ〇野郎!それが出来たら苦労はしねえんだよ!」

 

と。

 

さて。

 

ネガティブな考えを止めるにはどうしたらいいのだろう。

 

ここで脳みそのミミズのウネウネの話を持ち出す。

 

意識活動・体験と脳の因果関係みたいなややこしいことはとりあえず置いておいて、ミミズが次のミミズにちょん、と干渉して色々な思考とか感情とかが生み出されるものとする。

 

とりあえずする。

 

人は悩む。どうしようもなく悩む。

 

それは事実だ。不安にもなるし恐れも抱くし、病やお金、人間関係、恋愛のことなどで頭がいっぱいになり離れなくなる。

 

それが自然だ。

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ただ、ニューロンの新たな繋がり・結合(シナプスと言うものを通すんですな)が泥臭く生み出されていくと、なんかこう、ふっと抜け出すときが来る。

 

目に見える(いや頭蓋骨の中にあるから見えないんだけど)変化をざっくりイメージしてもらうとそんな感じだ。

 

その新たな繋がりを生み出すものは、神経の再生であったり、新生であったり、成長と言うことだ。

 

いくつか方法はある。

 

過去記事で何度も書いてることだけど、例えば認知行動療法であったり、瞑想であったり、マインドフルネスであったり、(有酸素)運動だったり。

 

昨日書いたようににかっと笑ってみたり、ネガティブな思考に名前を付けて客観視したり(「ラベリング」などと言う)、頑張ったら休んだり、自分を癒したり。

 

メンタルブロックの浄化のセッションなんかも受けているけど、これも多分効果はある。

 

あとは判断・ジャッジをやめてみたり、自己コテカを上げてみたり(コテカフリークw。「肯定感」です)。

 

そうやってぐいぐい進む。進んでいるうち。

 

そんななんかかんかで、価値観や人生観の変容が起きていくか、もしくは悩みがどうでもよくなる時期が来る。

 

人間のあるべきスタイルが、本質が、変化を本能的には嫌うものだけどその実、変化や拡大、成長だからだ。

 

だが、次のステージに進むと新たな悩みが待っている。なんとも面倒くさいがそれが人生だ。

 

だが、それは経験値が確かに入ってレベルアップした、と言うことだ。

 

この時にきっとニューロンも、心境の変化が写像されるイメージで対応してうにょうにょ新生している。

 

そんなイメージだと思う。

 

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で。

 

「死」の話だが、「剥奪説」を持ち出すのであれば。

 

よく、

 

「今日が人生の最後の日だとしたら、今日一日何をする?」

 

的なことが言われる。

 

これもまあ一つの明快なヒントではあるんだけど、いささかドラマチックだ。

 

前にも言った通り、そう言うドラマチックなマインドセットだと本当に、日常や現実が艱難辛苦や逆境や波乱を次々招くものになってしまう。

 

深層意識にそう言う風にアンカリングされてしまうのだ。

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だからまあもう少しマイルドに、なんかすげえ人などを引き合いに出し、ああ、こう言う人は死を目の当たりにしたから覚悟が出来んだろうな、とか考えてみるのも一つの手だろう。

 

例えば松下幸之助さんとかだ。

 

なので松下幸之助さんの本を買ってみた。

 

 

道をひらく

道をひらく

 

 そうすると、例外なくすべての人に訪れる「ゴール」である「死」から逆算して、今からの生をいかに価値のあるものにしようか、と言う気持ちが芽生えてくる、と思う。

 

別に「死」は早まったり遅くなったりするものではなく、どの時点かで超然と待っているもので。

 

ただまあ、運命は切り開くものなので、自ら死期を決める愚をあえておかすこともない。

 

すると。

 

目の前の愛する人をハッピーにしようとか、笑顔にしようとか。そんな気持ちが逆説的に芽生えても来る。

 

てなわけで。

 

そこからの生き方は人それぞれなんだけど、いわゆるマインドフル的な生き方をするとすれば、瞑想をするとかも大事なんだけどエゴ心を捨てて公のために尽くすことが欠かせない。

 

この辺は大乗仏教で言う「縁起」の概念でもあるし、心理学者のアルフレッド=アドラーの言う「共同体感覚」の概念にも通じるところだ。

 

「人は一人では生きられない」

 

は真理である。

 

さて。

 

最初に話を繋いで締めくくる。

 

自分と言う存在がいかにすごい存在か、と言うこともまあ、過去記事で再三語っているわけだけど、スピ系のフレーズを使うなら「(潜在)意識=現実」なわけで、自分は引き寄せの主で創造主である、と言うことだ。

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そんなファンタジーなたとえじゃ嫌だ、って方には、上で書いた「アートマン(私)」の話をとっぷりとさせてもらう。

 

てなわけでよく人は、あの人がずるく立ち回って得をしているから私もずるく、的なことをつい考えたり、他人と自分を比較したりする。

 

それで劣等感を強めたり、優越感を抱いたり、ひどいときには見下したりマウントしたり差別したりする。

 

だが、それで何一つ得をすることはない。

 

なんかかんか「人」と言うワードが頭を掠めたら、私のオタ活の先輩の、

 

「人のことはどうでもいい。お前はどうなんだ?」

 

と言う原点にぱっと戻る訓練をしてほしい。

 

長くなってきたのでこれについては次回以降語ります。

 

では。/おしまい。

 

アメリッシュ様(id:funyada 

 

コメントありがとうございます!

 

おお!なんと言うありがたいお言葉!ますます励みます。

 

>切株おやじ様( id:masuhiro6595  )

 

コメント、ありがとうございます!

 

「悟性」と言う言葉はなかなか出てきませんな。さすがです。「感性」・「悟性」。かっこいいです。あとは「知性」と「理性」か・・・。

 

> タコスカ様(id:kefugahi   

 

コメント、ありがとうございます!

 

「99%の努力と1%のインスピ」ですよね。まさしくそうです。準備が出来ている人だけ似見方する感じです。

  

>猫p様(id: nkobi1121  

 

コメント、ありがとうございます!

 

直感&結果オーライ。それが一番です。うだうだ考えたあげく結局やめちゃったやつとかが後々の後悔と直結してたりして、ああだせえなあ、と思うことは多々ありますけど、直感はふっと無意識の領域から湧いてくる心の声っぽいですよね。

 

モカリーナ様:(id:mocharina09  

 

コメント、ありがとうございます!物事にはすべてポジネガがありますよね。見方や角度を変えることのなんと重要なことか。私も昨日喫茶店で知らない人とがっつり語ってきました。

 

>ひめぐま様(id: himegumatan  

 

コメント、ありがとうございます!

 

よろしくお願いします!

 

やっぱりZ会は難しいイメージがありますね。高校時代取り組んだことがありますがまあ、手ごわかったです。

 

>Green様(id: shiho196123   

 

コメント、ありがとうございます!

 

よろしくお願いします!

 

気楽に♪本当そうです。笑顔でゆる~く、の軸を取り入れることはとても大事です。

 

 

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幸運は歩いてこないけど引き寄せることはできる。

どうも!

 

さて、前記事では「運」について語りかけたところで終えた。

 

終えたが・・・。ひどい文章である。

 

推敲しなかったこともあるが、まあひどい。辛抱強く読んでくださる皆様には感謝いたします。

 

難しい理屈っぽいテーマやとっつきにくいことを、とても分かり易く語ったり書いたりするのに長けた人がいる。

 

しかし、こう言う人とて一朝一夕でうまくなったわけではない。

 

「下手と知りて一歩目」

 

である。

 

これから人に教えたり諭したりすることも生業としていくのだ。こつこつ積み重ねたい。

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さてさて、「運」でしたな。 

 

shirosuke0214-pr-tomo.hatenablog.com

運と言うと、棚からぼた餅的な、宝くじが高額当選しましたとかそう言うことを連想される方も多いだろう。

 

また、自分は運がいいか?と問われ、

 

「おお、むっちゃ運がええでえ!」

 

と心の底から言える人って案外少ないのかもしれない。

 

私はかつて、不運でドツボ、この先生きててもな~んもいいことなどない、と思い込んでいた時期があった。

 

まあメンヘラにはありがちなのだが・・・。

 

だが、今は運はとてもいいと思っている。

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自己暗示や言い聞かせている所も少しはあるが、思い返せば様々な幸運、と言うより悪運の強さが自分の命まで救ってくれた経緯を思い出すのだ。

 

死に瀕したことは何度もある。

 

自分で命を絶とうと思ったことも、意図せざる死の危機もある。

 

震災の時は死にかけたし、うつの誤った自己治療を施してしっぺ返しを食らったときも命を落としてもおかしくはなかっただろう。

 

眠剤を大量に飲んで自殺を図ったこともあるが(なんか、重たい話になってますけどw)、泥のように眠ったけど薬効は適当な時間内に消えた。

 

スノボでこけてがけ下に転落したこともある。雪溜まりに頭からヘッドスライディングして、顔がストッパーになり、下半身がすんごい勢いで持ち上がりしゃちほこ状になったこともある。

 

車の運転もやばい局面は多々あったな。

 

思い返せば九死に一生を得たスタントマンばりの窮地を何度か乗り越えているのだ。

 

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まあ、こうした窮地を乗り越えてようやく自分を肯定できるようになったし運がいいなあ、と思えるようになったのだからなんとも言えないのだが、少なくとも根拠もなく自分は運がいいと思っている人は実際に運がいいものだ。

 

だが、何も死に瀕しなくても、運をよくする秘訣はある。

 

科学的にそれを、様々な実験を通してまとめあげたのが前記事の著作である。 

 

運のいい人の法則 (角川文庫)

運のいい人の法則 (角川文庫)

 

 

総括すると、運がいい人と言うのは、

 

1.知らない人と良く会話をする

2.チャンスを見つけるのがうまい

3.直感で行動する

 

こんな特性があるようだ。

 

と書いた。

 

でも、これ自体ハードルが高いと言う人もきっと多い。

 

1はえ~、知らない人にいきなり話しかけるのお!?って感じにもなるだろうし、2にいたってはなんだかいきなりそう言われても、って感じだ。

 

3とて優柔不断な人にはきつい。

 

推奨するのは「笑顔」である。

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よく、辛い時でも口角を上げてスマイルスマイル、と言う。

 

ただ、これが功を奏する時と奏しない時がある。

 

例えば、何かの本番など、結果を出さなくてはいけないときに無理やり笑っても効果は薄いとされている。

 

だが、こと「幸運」と言うことに限って言えば、長い目で見て笑顔と言うのは重要なファクターだ。

 

例えば「1」。

 

仏頂面している人は相手の人も何となく警戒するし、少なくとも少し引く。いつも笑っている人に何となく引き付けられる。

 

笑ってはいけないときにヘラヘラ笑っていてはだめだが。

 

私も人に話しかける時は努めてスマイルだし、数学の問題を解きながらにっかにっかしている。キモいけど。風呂入ってる時も笑っている。キモいけど。

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心が朗らかだから笑うのか。笑うから心が朗らかになるのか。「卵が先か鶏が先か」と言う感じだが、両方あると思う。

 

笑うとドーパミンだかエンドルフィンだかが出るのだ。オーラがでっかくなり魅力もアップする。

 

次。

 

拡張形成理論と言うのがあり、これは「2」に結び付く。

 

・拡張形成理論:https://tech.nikkeibp.co.jp/it/atcl/column/15/102700248/022600012/

 

普段から笑顔だと心がポジティブになり、それは視野の拡大に繋がり、いい情報やチャンスを拾いやすくなる。これはフシギだが実際にそうだ。

 

また直感。これは 「3」だが、これも笑顔と因果関係にある。

 

「拡張形成理論」効果で心がハッピーになれば、ネガティブなことをあんまり考えなくなる。

 

にかにかにかにか笑いながら歩いてたらキモいけど、あんまりおおっぴらにならないところで笑ってたりすれば、ネガティブなことを随分頭から追い出してくれる。

 

こう言う時に直感と言うのはいい答えをくれるのだ。

 

そんなわけで。

 

上記「1・2・3」のハードルはちょっと高いけど・・・と言う方には、まずは笑顔の習慣を!と言うことを話した。

 

そうすれば自然と「1.2.3」が身についてくると言う寸法だ。

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幸運とは、いきなり天から降ってくるようなものではない。それを立証したのが上の著作だ。普段から幸運の種をまいておこう、と言う訳だ。

 

私は私で、小ラッキーは随分起こるようになった。あとは、ささいなことでもハッピーだ、と思える感性も大事だと思う。

 

まずは笑顔を。人と会う時は笑顔で。これを心掛けてみたい。

 

さて。

 

寒い。今朝はいきなり気温が低かった。

 

私は風呂が大好きで、もうしずかちゃんばりに風呂に入るのだが、風呂に入ってさらにシャワーを浴びることもある。のびたさんのエッチ。

 

だが、シャワーはちょっとこの先やばくなってくるかもしれない。

 

お役所勤務時代、朝から酒臭いおっちゃんがいたことを思い出した。

 

酒は残るのだ。毛穴から染み出てくる。まあ、それがいいとか悪いとかではないんだけど・・・。

 

隣にいると酔いそうになったものである。

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私はなんか潔癖なところがあって、身体を清めて何かを始める、と言う行動様式が染み付いている。

 

もうじき温泉のシーズン、行楽のシーズンだ。

 

お盆の時大学時代の友人と温泉ツアーへ行くプランがあったのだが流れた。あまりにも暑かったからだ。

 

だが、10月にもなればそろそろいい頃合いだろう。

 

私は温泉もだけど、食うのが楽しみである。また、長いこと引きこもっていたから友人と会うのも随分久しぶりだ。

 

そんなところである。

 

では。/おしまい。

 

モカリーナ様:(id:mocharina09  

 

コメント、ありがとうございます!

 

日本は豊かですよね~。日本に生まれたことは本当にラッキーなんだと思います。腹筋マシーンw。私も腹筋はあんまりできないですね。

 

> タコスカ様(id:kefugahi   

 

コメント、ありがとうございます!

 

「酒は百薬の長」とも言いますしね。心が朗らかになるのであれば、お酒は人生を豊かにしてくれると思います。

 

アメリッシュ様(id:funyada 

 

コメントありがとうございます!

 

パラレルワールド」。頭にイメージを浮かべやすいんですよね。人生山あり谷ありです。

 

 

 

 

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89歳がサイクルヒットを放った後スクワットした夢を見た。

どうも!

 

さて、一週間が終わった。(終わってねえよ!w)

 

いや、なんとなく何の権限もなしに終わりにしてみた。オレは神か。

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明日一日休みをもらい、金曜もどうするか考え中である。

 

頼むッ!ギヴ・ミー・バカンス!!・・・まあ、無理なんすけどね。

 

さてさて、今日は冷蔵庫におかんが備蓄していたノンアルコールの疑似ビールを、午後3時過ぎくらいに食らった。

 

「うんめえええ~!」

 

結構味で鯔背な味わいなのだ。ノンでも侮れない。

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おかんに事後に言う。

 

おかん:「ちゃんとカネ払えよ。」

 

・・・・・・。

 

お酒は好きである。だがビール派だ。

 

ビールはなんぼでも入るが、翌日に残りやすい。

 

吞み口がいいもんだからついつい調子コイて呑んでしまうが、どこかで焼酎などにチェンジし、水も一緒にぐびぐび呑んでまめにトイレに立つのがいいのだろう。

 

だが勉強もせなあかんし、本も読まなあかんし。皆さんはいつどんな時に呑んでいらっしゃいますか?

 

さて。

 

「ファクトフルネス」と言う本を読んでいた。あとは悩み相談的な本を3冊と運の本を1冊買った。

 

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

 

 人間、思い込みやバイアスと言うものを必ず持っていて、事象や世界をドラマチックなものとして捉えやすい。

 

例えば次のようなクイズが紹介されている。

 

Q:現在、低所得国に暮らす女子の何割が、初等教育を修了するでしょう?

 

A.20%

B.40%

C:60%

 

答えはこうである。

 

その前に、私自身も似たようなバイアスを持っていたんだけど、ほとんどの人が想像するほど低所得国の暮らしは苦しくないし、人口も多いわけではない。

 

世界が分断され、大半の人が惨めで困窮した生活を送っていると言うのは幻想である。

 

こう言うのを「分断思考」とか「分断本能」などと称するようだ。

 

答えはAではなくCである。

 

なんとなくだけど、世界では戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、どんどん物騒になっている。

 

金持ちはより一層金持ちになり、貧乏人はより貧乏になり、貧困は増え続ける一方だ。

 

何もしなければ天然資源ももうすぐ尽きてしまう。

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こんな感じの極端でネガティブな捉え方をしがちだ。

 

こう言うのは日本人だけではない。

 

日本はなんだかグローバル化が進むも非正規の労働者を増やし、外国人の移民も受け入れている。

 

しかし、強欲な資本家が自らの懐を肥やすために中間搾取やらやりがい搾取やらを仕掛け、労働力を安く安く買い叩こうとする。格差はますます広がっていく。

 

だが、少しばかり自分もうがった考え方を持っていた。

 

いや確かに派遣産業と言うピンハネ業種が隆盛し跋扈している所を見ると、今自分自身が貧困に喘いでいるのならルサンチマンは勢い資産家に向かいがちだ。

 

でも一方で優れた経営者や管理者がいて、マネジメントもリーダーシップも経営手腕にも優れ、常人の何倍も仕事をする人を多々知っているので、この点ではバイアスは弱めだ。

 

それでもまだ偏りはあるだろう。

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こう言うのがメンタルに(いきなりメンタルの話になるけど)暗い影を落としがちで、お金儲けは汚いとか、お金持ちは汚いことをしているとか、お金は汚いと言ったネガティブなブロックを強化してしまう。

 

だから、バイアスは脳の仕組み上備わっているものなのだ。

 

これを事実に基づき客観的にデータ重視で見る癖をつけ、フラットな視点で世界を、世間を見ていきましょう、と言う提案がなされていると思う。まだ序盤しか読んでないのだけれど。

 

そんなところである。

 

世界とて先進国VS発展途上国みたいな構図で極端に二極分化されているわけではない。

 

多くの発展途上国がグローバル市場化し、購買意欲を高め、豊かになっている。

 

そして先進国に時代を追うごとに近づいているのがデータに基づいた真実なのである。

 

さて、他の書である。

 

悩み相談の本を三冊も買ったと書いたが、衝動買いと言う訳ではなく二冊は読み放題だ。

 

 

その悩み、哲学者がすでに答えを出しています

その悩み、哲学者がすでに答えを出しています

 

  

 私自身メンタルを患っているので私自身の悩み相談と言う側面もあるが、今は不安や恐怖、悩みと言ったネガティブなものとどう向き合い、人の為に役立てられるか、と言うことも視野に入れている。

 

つまり、対象がライフワークなわけだ。

 

悩みに関しては色々なものを試してきたけど、なんとなく不安や恐怖を感じている自分を切り離してメタ視点で俯瞰して見る自分をようやく作れてきている気はする。

 

それには瞑想やマインドフルネスの実践とか、認知行動慮法とか、脳の本能としてネガティブな方に意識がフォーカスしやすい特性があるわけだからその矛先を少しずらしてやるとか。

 

色々試してみた。

 

「試してみた」のが泥臭く積み重ねになって、体系的な学びにはなってきた。

 

ただ、例えばこのブログ上で、明快な形でこうするといいですよ、ってとこまではまだ完成していない。

 

心理療法的な手法は効果が現れるまで根気が必要だ。

 

だが、明るい未来はない、と自ら未来を閉ざす心の在り方だと悩みや不安が消えることはない。

 

こう言う時、人は絶望から立ち直れなくなる。

 

少なくとも、今のっぴきならない悩みを抱えもう死にたい、と言う人を前に、未来は決して閉ざされたものではなく、今この瞬間に種子が凝縮している、つまり変わらないものはなく、過去も現在も未来も今この瞬間にすべて凝縮していると言うことに気づかせることは大切だ。

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量子論に「パラレルワールド」説がある。少数派だがこれを信奉する科学者もいる。

 

一瞬一瞬の思考が選択のカギを握る。

 

しかし、ネガティブな、あるいは否定的な思考を止められない人にとって、いやあそんなことで悩んでるの~、笑い飛ばしたらええやんなんてことは口が裂けても言えない訳で、なんとかその沼から抜け出してもらえるよう自分も手を尽くさなければならない。

 

・・・今後の生業になっていくので。

 

パラレルワールド」で分岐していった先がバッドエンドにならないように、自分自身もまたネガティブな、否定的な思考をうまくコントロールする術を学んでもらう。

 

これは本当に大切なことだ。

 

瞑想、認知行動療法。薬が必要であれば薬。自分に執着せず利他的な行動に軸足を移す。過酷だけど受け入れるしかない現実は受容する・・・etc・・・。

 

ここら辺を武器として数種類持っておく。

 

そうすると、悩みの沼にずぶずぶ入り込もうとしたときに、反射的にいや、そっち行ったらあかんで、と言うメタな自分が出来ていく。

 

そこまではプロの力が借りられる人は借りて、取り組む価値は十分にある。

 

今の所、言えるのはこのくらいである。ただ、そうこうしているうちに、価値観や人生観が変容していくのだ。

 

足に枷がついているけど勇気を持って行動していると、いつしかものすごい成長を遂げるだろう。

 

人生ってめんどくさいけど、そう言うものなのだ。大いに楽しもう、と言うことだ。

 

さて、もう一冊。

 

 

運のいい人の法則 (角川文庫)

運のいい人の法則 (角川文庫)

 

 これはワークが盛りだくさんだ。

 

総括すると、運がいい人と言うのは、

 

1.知らない人と良く会話をする

2.チャンスを見つけるのがうまい

3.直感で行動する

 

こんな特性があるようだ。

 

長くなってきたので「運」についてはもっと突っ込んで話をしてみる。

 

では!/おしまい。

 

 

アメリッシュ様(id:funyada 

 

コメントありがとうございます!

 

はい、ドラクエですw。もう一人の嫁候補はビアンカですね。

 

 >ちゃんこ様(id:chanko_bamboo    

 

 コメント、ありがとうございます!

 

いきなり下ネタはアレですしねw。YOU TUBERの挨拶はなんかエモい感じです。私も好きです。

 

>ジョルジョ様( id: QINGSHUI    

 

コメント、ありがとうございます!

 

これ、一大イベントでしたよね。なんだこの神ゲー!と当時衝撃を受けました。

 

>しんふぁぶ様( id:shinfab )

 

コメント、ありがとうございます!

 

逆に考えるのもありですね。早く食べることのメリット・・・。生産性は上がるかもしれませんが長い目で見ると健康に悪いのでなんとも難しい所です。

 

>切株おやじ様( id:masuhiro6595  )

 

コメント、ありがとうございます!

 

ビオフェルミンそこまで効くのですか!バナナうんこは出た時の爽快感が半端ないです。

 

>ハマサンス様(( id:hamasansu   )

 

コメント、ありがとうございます!

 

下ネタは使いどころを誤るとやばいですよねw。DIO様は絶対悪ですよね~。あそこまで行くと逆にすがすがしいです。

 

> タコスカ様(id:kefugahi   

 

コメント、ありがとうございます!

 

フローラもえがったですね~。むっちゃ感情移入しむっちゃ悩みました。

 

モカリーナ様:(id:mocharina09  

 

コメント、ありがとうございます!

 

ぜひぜひ始めてみてください。即効性もあります。

腸内フロオラァ♪(ヒデキ)~腕っこきの善玉菌を父の腸内に送り込んだ日。

どうもこんにちは。

 

最初のこの挨拶だが、なんだか毎回同じで芸がない。

 

出オチをかますってほどではないけど、何かないものだろうか。

 

たとえば、だ。

 

「こんにちは。ボッキしてるのに認めないめんつるです。」

 

とかだ。(認めるわ!w)

 

頭っから下ネタすみません。

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さて、今の作業所の仕事から新しい仕事にシフトしていくことになり、時間や気力体力にずいぶん余裕ができる・・・と思う、たぶん。

 

んで、新しい仕事(お寺さんの諸行事の手伝い及び娘さん、檀家さんの子供さんの家庭教師もろもろw)と、ブログと勉強が日々のスケジュールになっていく。

 

作業所は週に一回とかのペースになり、いずれは離れることになる。

 

なので。ブログにはもっと時間と力を注げると思う。

 

何より更新したり、交流したりと言った活動を楽しんでやりたい。アクセス数とかはまずは個人的に二の次である。

 

ただ、せっかくはてなブログパーフェクトガイドを買ったので、もう少し装丁やら見せ方に凝ったり、フォントをでかくしたり見出しや目次をつけたり。

 

見やすくしたり読みやすく工夫したり、コーナー化したりカスタマイズしたり、などなど。

 

読者様のブログも参考にさせていただいて磨きをかけていきたいと思っていまする。

 

・・・ワケもわからず独自ドメインとか取ってお金払ってたけど、そう言うことだったのか・・・。(どう言うコトだ。) 

 

はてなブログ Perfect GuideBook

はてなブログ Perfect GuideBook

 

 

さてさて、そんなわけで。

 

ロイテリ菌なるものが届いた話をする。

 

 

Lロイテリ菌 70億個 サプリメント (30粒×2個) 海外直送

Lロイテリ菌 70億個 サプリメント (30粒×2個) 海外直送

 

 数多あるうちの上記のものを選んだが、全部英語表記であった。

 

何錠飲んだらいいのかとか、基本的なことを知るのに多少骨が折れる。

 

選んだ基準は直感である。あとはレビュー。

 

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煩悩や欲望に紐づくものは基本的に直感重視である。あとは勿論値段w。

 

いや、まずは出所を慎重に選ばなくてはなるまい。

 

 個人的にこっちのがよさそうな気もする。

 

う~ん、あとはストローにロイテリ菌が付着してあるやつがいいとか書いてあったような・・・。

 

もうしばらく情報を追ってみます。

 

ロイテリ菌とは何ぞや?って話であるが、分かり易く言えば善玉菌である。

 

最近腸内環境に関心が集まっている。

 

「第二の脳」とも言われ、腸活なるパワーワードもあるらしい。

 

直感的にも、ここに善玉菌を生きた状態で届けることで、善と悪の対立軸ができ、さながら仁義なき善玉と悪玉の闘争が始まる・・・、ようなイメージではないような。

 

どっちかと言うと共存に近いのだろう。

 

善玉が悪玉を、あるいは逆に悪が善を駆逐するようなものではない。

 

ただ、健康面とかメンタルの面で、悪玉が優勢だと色々問題が生じてくると言う理解でいいのだろう。

 

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で。

 

おならが大層臭いおやじ殿に試してガッテンしてみた。(身内に試す発想)

 

自分も飲んで、別に健康にも特段悪影響もなく、取説も訳して、その上でモニターになってもらった。謝礼もつけたw。

 

一日一粒夕食後服用。

 

二日経過。

 

わずか二日でッ。(ジャパネットた〇た風)

 

匂いが結構消えたようだ。(母親談)

 

おおお。善玉やるやんけ。

 

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いわゆる腸内フローラと言うやつだ。ドラクエ5で嫁候補になるフローラだ。

 

親父の腸内は今ッ。花畑になっているッ。

 

あ、いまわの際に見えるお花畑ではない。

 

なので、もう少しものを当たってみて、安心安全最速最善最強であれば定期購入したいと思う。

 

ちなみに、ロイテリ菌についての専門書・・・と言うほどではない、むしろガイド本に近い書籍はこちらである。

 

100歳まで病気にならない メディカル・ロイテリ菌

100歳まで病気にならない メディカル・ロイテリ菌

 

 歯医者さんの待合室で読んだ。実は買ってないw。

 

歯周病対策にも、認知症対策にもなるようだ。メカニズムは忘れた。

 

これにカロリンスカ医科大由来のストロー式のがいいですよ、と確か書いてあったのである。

 

だが、アマゾンを見てもいまいちどれなのかが分からない。

 

本も買います。善玉菌の回し者になります。てなわけで経過は随時報告します。

 

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さてさて。

 

いくら善玉菌を服用したとて、日々の生活習慣や食生活があかんかったら駄目である。後者が主、前者はあくまで従である。

 

文字通りサプリメント、補助なのだ。

 

あんまり詳細には調べてないけど、腸内環境をよくするとしたらまずは肉食をほどほどにして野菜や海藻類を摂るといいだろうな、って気はする。

 

あと、大事なのはよく噛むことだ。

 

私にはこれが出来ない。食欲が増進しまくって生のみする。

 

一部の業界では仕事が早い奴は食事も早いとか言うヘンな業界ルールがあるせいで、私はすっかり早食いの癖がついてしまった。

 

みんなして食うのが早いのだ。食うのが遅いとバッシングされるヘンな世界だった。

 

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ともあれ。

 

今は今で、欲望、煩悩先行モードになっているのだと思う。

 

噛み噛み噛み・・・((ryとまだるっこしいことをやってるとなんだか美味いものも美味くなくなるみたいな意識がどこかにある。

 

いや、正確には無意識か。

 

だから、習慣で思考を改めるしかない。

 

普段から気を付ける!なんたるベーシックな。でも大事なことだ。本当に大事なことだ。

 

ご家族で食べるのが早い方がいらっしゃったら、

 

「なんだジョジョ!その食べ方はッ!DIOを見習え!」

 

と、貴族のたしなみを叩き込むくらいでちょうどいいのである。長い目で見たら。

 

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・・・あ、DIO様を見習っちゃあ、いけませんよ。いきなり夜な夜な天井からぶら下がり、

 

「WRRRRRYYYYY!!」

 

とかシャウトする大人になっちゃいます。

 

清く正しくジョジョのようにッ。まっすぐ育つのがいいのである。

 

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今日はそんなところでございます。

 

さて、過去話を展開している所だが、ネタに困る時とか、ネタに困る時とか、ネタに困る時とかに更新していきたい。

 

で~です。

 

予め、と断り書きを入れるつもりだが、結構どろどろした、昼ドラ的なシゲキの強い描写とか、ネガティブな内面についての話とかを持ち出す・・・こともある。

 

読んでて元気がもらえるはてなブログの中にあって、あんまりネガティブなことは書きたくないんだけど、書くときは書く。

 

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今ネガティブになってるわけではない。まあ、そう言う時もあるかもしれないけど、当時より遥かにメンタルがヘラってしまう頻度は減った。

 

そう言う秘訣についても記していきたい。

 

正しいとか間違ってるとか。いいとか悪いとかの価値基準を入れず中立の、客観的な視点で書くか、もしくはうんうんそうだよね、でも実際はこうした方が良かったよね、と言うやんわりした合いの手を入れるか。

 

そこら辺は考え中です。

 

そんなわけで。今後ともよろしくお願いいたします。

 

では!/おしまい。

 

アメリッシュ様(id:funyada 

 

コメントありがとうございます!

 

はい、一個「エヴァ」画像が・・・w。

 

卒業できるかどうかは結構気を揉みました・・・。

 

モカリーナ様:(id:mocharina09  

 

コメント、ありがとうございます!

 

遊びから得ること、そしてかけがえのない知己・・・。これはもう財産ですよね。私も長い目で見たら勉強や成績よりそっちの方が大事だと思っています。

 

> タコスカ様(id:kefugahi   

 

コメント、ありがとうございます!

 

人生三大恐怖・・・。分かります・・・。

 

FFは8の途中まではやったんですけど、あのシステムに馴染めなくて挫折、以降もプレイしてないのです。気にはなるんですけど・・・。

 

>切株おやじ様(id: masuhiro6595   

 

コメント、ありがとうございます!

 

おお、自己肯定感高いのですね。素晴らしいです。

 

そう思います。なんとかなるし、なるようになるし、まあいっか!とにかっと笑う。そんな生き方にシフトしてきました。

 

 >ちゃんこ様( d:chanko_bamboo    

 

 コメント、ありがとうございます!

 

すごくありますよね・・・。そんですごくストレスが溜まる、と・・・。これを少し手放す秘訣はあります。今後少しずつ触れていきます。以下の書も参考になるかもしれません。

 

「いつも誰かに振り回される」が一瞬で変わる方法

「いつも誰かに振り回される」が一瞬で変わる方法

 

 

 

 

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