蒲焼きと檸檬と娘のサロン

「頑張らないうつヌケ」をモットーに。だる~く、ゆる~く、時にはタイトにチートに。

元気があればなんでもできる!…が、性犯罪はいけないよ。①

どうも!

 

タイトルはアレであるが一応は昨日の続き物である。

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で、だ。前記事、私の過去話をある程度は踏まえた上で問うてみる。

 

shirosuke0214-pr-tomo.hatenablog.com

 

「心配事の90%は現実化しないんですよ~。」 


と言うフレ―ズを投入。


どうだろう?


感じ方、受け止め方は人それぞれだろうし、また、その「人それぞれ」の一人一人とて、その時の心身の健康状態であったり、経済状態であったり、状況環境、精神状態もろもろがフクザツに絡み、やっぱりタイミングで受け止め方は違うと思う。


ただ、現時点では、どうも少なくとも科学の世界ではこれが限界っぽい。ミシガン大学とかだったかな?


いやいや、科学で証明されたことが全てじゃないでしょ、と言われるかもしれないし、私もそう思うのだが、そこまでは今の私では語れない。


もしウラ技知ってますよ~、知りたかったら3億払ってね~、って人が仮にいたとして、対価を払って得たものはヤバい薬とか、ヘンな宗教へのいざないかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そこまでは責任の取りようもない。

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これを、リクツとしては分かっている人は世の中まあまあ多いのかもしれない。リクツとしては、だ。


確かに、過去を可能な限り振り返って検証を一個一個してみても、ああそうだったかもな、と分かるし、私は机に向かってべんきょ―してた時なんかは、「トム・ソーヤの冒険」の作者であるマ―ク・トウェインも、表現は違えど同じことは言ってたから、そのフレ―ズを黄色い5、6cm四方の付箋にこれを朱書きで書いて、常に見える所に貼ったりしていた。


「取り越し苦労は無駄無駄無駄ァ!」


(いや、マ―ク・トウェインはんなこと言ってないですw。趣旨は同じだけど)

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これで楽になれる人はいい。


それは全然いいと思うし、そう言う人から見たら、取り越し苦労をしている人に対し、「もっとラクに生きたらいいのに…。」とか、「私なんか、もっと大変な重たいの抱えてるのになんだ弱っちい!ヒマだから悩むんだ、甘えるな!」みたいになるかもしれない。  


一方で、不安症とか心配症…。あるいはそれに紐付く神経症や恐怖症、双極・単極性うつ病、あるいはそう言う精神疾患なんかを持っている人とかはどうだろう?


これは、なかなかキビしいかもしれない。


リクツでは、頭では分かるんだけどいざ、とりわけ根源に眠る恐怖とかトラウマ、その他もろもろ。


そして、それに紐付く脳の回路なり、全身の自律神経を軸とした神経系、免疫系、内分泌系なりの負の連携ががっつりついちゃってるから、感情が暴走するような何らかのトリガーがあったりすれば、そん時はこんなフレ―ズなどには意識すら向かないかもしれない。


ちょうどその中間くらいの人は?…ってやっていくとキリがないので止めるけど、やっぱりどうも現代人を苦しめるのは、


「恐怖→アドレナリン→恐怖」・「恐怖→ストレスホルモン→恐怖」


みたいな負のスパイラルは要因としてはどうあってもでかい。


ここで、生物学的な見地であるとか進化上どうだとかの話は、あんまり今しても重要じゃないので止めるけど、少なくともこんなのを好きでやっている、って人は余程の変態ですらいないと思う。


ここまでですら前置きにすらならないのだが、まあ私にとっても永遠のテ―マだから今知っていることしか話せないのでまずはそこは最低でも。


釈迦は、悩みを「意味のある悩み」と「意味のない悩み」とに分け、後者に振り回されるモ―ドをそのままずっぽり正確かどうかは分からないが、「無明」と称した。「真理からかけ離れている」くらいの意味として捉えていただければ。


要は、「いわれのない恐怖」と言うことになる。まあ、お釈迦様の時代からこう言うのはあったのかもしれない。


んで、例えば「死」だ。


んで、それに紐付いた、人間の根源の恐怖である「死の恐怖」ってとこ。この「死の恐怖」ってのは、誰かに植え付けられたものだろうか?いや、そんなことはない。


どうも、高度に文明が発展し、便利さや安全さが担保される時代になっていけばいくほど、構造的にこれらの「心の闇」みたいなものはどんどん邪魔になっていく。そうなんだけど、皮肉なことにそうなればなるほど、こう言うものの濃淡も濃くなるものらしい。勿論個人差はあるが。


じゃあ、これはとりま置いとく。置いておいては勿論いけないので、あとでねっとり語るけど、今は置く。


恐怖や不安の対極にあるものはなんだろう?これは言葉遊びの類いのつもりはないので、そのままずばりそうかどうか分からんけど、それっぽいのを並べてみる。


「幸福・満足・達成感・成功・名誉・お金・権力・絶頂感・夢・願望・幸運・充実感・希望・平和・愛・喜び」…。まあ、それっぽいのを並べてみるけど、キリはなさそうだ。

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例えば、だ。


現代に釈迦が初期設定で、もともとのスペックで生を享けたとする。まあ、時代背景が当時…2,000年とか2,500年とかとは全く違うから何もかもデタラメな話なんだけど、今の世を見て、当時みたいに世を儚み、"悟り"を開かにゃ!と思ったとすると。


その"悟り"の釈迦的難易度って、どれくらいなんだろう?主観客観にせよ。


今の世の中自称サトリストはいっぱいいるだろうし、なんだったら既に、悟りを開いている高僧とかは複数実在する。前者はともかく後者には大変失礼だし、世の中"悟りの境地"を目指して日々自身を鍛練する僧侶の方々にもやはり失礼なのだが…。失礼なのであとは書かないw。


だからどうも"悟り"と言うと、表現としてはすげ―実体感がないって言うか、俗っぽいと言うか、なんとなく言行不一致感が個人的にどうしてもするので、こいつを"真理"に置き換えてみる。


するとどうだろう?かなり重みを増したような気がしませんか?


釈迦が到達した「真理」ってとこに、科学が一部追い付いたのはごくごく最近のことである。担い手は、アインシュタインとかボ―ア、ハイゼンベルクなどと言った天才物理学者のお歴々である。だから、少なくとも2,000年以上は経っている。そう言う時代の元に、我々は生きている。


だから甘えるな!少々のことで!とかそう言うことを言いたいんじゃなく、また何度も言うようにこの二元ってとこ-「善悪」とか「正不正」、「光と闇」、「生と死」などなどの三次元世界に生きる我々の、まあ生きててええ感じやな~、ってとこを、これまでの与件で判断するに、手っ取り早い物差しは、


「ストレス、恐怖、不安、不快…などなど(↓)⇔"幸福・達成感・成功・名誉・…(↑)」


ってとこにはなりそうだ。(ここまで言うのに何文字使っとんねん)


で、「(↓)」と「(↑)」の両極のツ―ルやヒントも、この情報社会まあまあ溢れている。あとは、当人の生き方ってことになる。すげ―簡略化すると。


「(↓)」はあとに廻して、とりま「(↑)」について先に。


私がはずかしい過去をはずかしい写真ばりに何回も晒すのは、「夢・願望実現・成功…etc⇔生老病死の"四苦"の中のとりわけ"病・死"ってとこ」を何年も、あるいは10年単位でぐるぐるしてきたからである。


夢を見るほど、夢に光を当てれば当てるほど、一方の苦・闇が深くなる二極構造。うつ病がひどいときには「理想の自分=夢を叶えた自分=価値のある自分=全肯定」・「夢を叶えていない今の自分=無価値な自分=全否定」みたいな「全か無か思考」などなどの認知の歪みも強いから余計にこじれる。じゃあうつ病を先に治せよ、って思うかもしれないけどこれまたなかなかままならない。

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それなのに、世を見渡せば、「夢、願望実現はこれを手放すと叶いますよ~。」とか、「宇宙にお任せするといいですよ~。」と言う情報で溢れている。


いや、この情報のソ―スや語り手さんの言ってることが間違いだ、と言っている訳でもなければ、夢を諦めなさい、欲や煩悩を捨てて悟りの世界を目指しましょうとかを言いたいのではない。


「夢を叶える」とかだったら、確かにしっかり定評のある語り手さんの話はだいたい本質は一貫しているし、科学や心理学でしっかりウラが取れているものも多い。「波動」とか「運」とかまでは分からないけど、「運」に関しても科学とか心理学で解き明かそうと頑張っている学者さんもいる。


となれば、この文脈上で語るなら、ネガティブよりはポジティブの方がいいし、「思考は現実化する」訳だから、「顕在意識―潜在意識―超意識」あたりの「潜在意識」をあの手この手で説得して味方につけましょう。


じゃあ、力づくではなかなか難しいから、潜在意識に届くように暗示のかかりやすい時間帯にプラスの暗示をかけましょうとか、言霊を何回も言って刷り込ませましょう、ってのも一定筋が通る。


んで、なんとかネガティブがここに混入しないように頑張る。あるいは、深層に眠っている何らかの変化や成長を阻むブレーキ、メンタルブロックを外していきましょう、となる。


これを否定する気はまったくない。と、同時に「力づく」の所も、出来るだけやれることを外の世界でやる。

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要は「潜在意識」は「心の母」だから、顕在意識である我が子を生かすのが最優先で、その子の生存を脅かすものは何人たりとも許さない!ってことで、その為なら手段を選ばない所があるようだ。


切り株おやじさんが言われる心の防衛本能が働くのはそう言うことで、我が子がもうこんなリアルはイヤ!って時でも同じく働く。もうネガティブ感情だろうが、死の恐怖だろうが。リアル母よりえげつない。いや、リアル母がえげつないと言う意味ではない。「超意識」は「お父さん」らしい。


あとは「集合的無意識」とか、一致しているかどうかは分からないけど「純粋意識」・「ハイヤーセルフ」ってとこもある。身内かどうかまでは知らない。「ハイヤーセルフ」は「真我」などとも言われるのかな?


何となく「意識」で言うとベクトルは「下」、「ハイヤーセルフ」は「上」のイメージがあるけど。


で、ここで、だ。いくつか落とし穴がある。


例えば、切り株おやじ様のコメントを踏まえたり、こうしたツ―ルやヒントを紐解くと、やはりネガティブってとこは邪魔になる。


じゃあなんとかしようとか、プラスの言霊を使うけど、日々ストレスまみれであったり、持病があったり、お金がないとかで、とてもそれどころじゃない、どうみてもイヤなことが起こり、イヤな思考やイメージのループを断ち切れない、でもこれを考えると現実化しちゃうんだよね?どうしたらいいの?ってときにどうするか、どうなるかだ。


どんなにポジティブな人だろうと、イヤなことは起こる。長い目で見て、とか、自我がそう判断してるから、みたいな禅問答みたいなことは言わない。イヤなものはイヤだし、自分は自分、人は人だ。


うんうん分かる。「自分は自分、人は人」の部分だけ出来ているだけで十分たいしたものである。


対ネガティブってとこでは、勿論「戦う」ことが正解ではないのだが、「真正面から向き合う」ステージは必要で、その後に「受け入れ」のステージがある。

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そして、「エネルギー配分」が重要になる。また、今の「引き寄せ」ツ―ルとかだけでも、イヤなことが起きる確率をなるべく減らすとか、引き寄せないとか、心の守り方みたいなものは、ある程度は説明がつく。


ただ、今の動画やサイトなんかに溢れている「夢・願望実現」ってとこがなんだったら人生の全てで、「絶対こうじゃなきゃいけない!」みたいな強い執着があるとかの時はどうだろう?

 

やはり「執着」対策も色々あるみたいだし、私も今色々やったし進行形でやったりもしている。


だが、何にせよ「夢」ってとこに、少し違う軸を入れてみてはどうだろう?柔軟剤を混ぜるとか。なんだったら別なのに置き換えるとか。どうあったって、「夢」・「願望実現」みたいなのはアメリカンなノリだし。


ここにちょいと、お釈迦様テイストをブレンドしてみよう。そして、一旦は、かなり上の方になったが、「(↓)⇔(↑)」の二極構造の「(↑)」の難易度設定を変えてみる。


そんな提案をしつつ、次回。では。/おしまい。