蒲焼きと檸檬と娘のサロン

「頑張らないうつヌケ」をモットーに。だる~く、ゆる~く、時にはタイトにチートに。

お金の話は好きですか?③

どうも!

 

さて久々にお金の講釈をど貧乏人が垂れようと思う。

 

前世並みの遠い昔は銀行員だったこともあったが、今となればそんな肩書はハッタリか屁のツッパリ以上の価値を持たない。まあ、あんまり難しく考えずに直感先行で語る。

 

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 当たり前のことだけど、お金は人が運んでくる。読んで字の如し、「金運」である。

 

「中間管理職トネガワ」で「金は命より重い」と言う名言があったが、人のあらゆる情念や感情、欲や執着、利益など有形無形の様々なエネルギーを乗せ、うねりを作るのはお金の流れだ。経済の血液である。だから、自分一人の問題として完結する代物ではない。これまた名言だが、「金は良い召使であるが、悪い主人でもある」。(フランシス・ベーコン

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仏教用語に「五戒」と言うものがある。これは「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」を指す。

 

まあ、人生ほんっとう色々あるのでそこはもう、少しくらい愚痴ったってかまわない。私は「デスノート」よろしく「クソノート」なるものを机に置いているが、愚痴は感情と共にそれに書き殴り吐き出している。だが、SNSなんかを見るともう、「五戒」ツイートに埋もれているような人をよく見かける。これは考えものだ。

 

ともあれ、「五戒」を口にしないでいると頼まれ事が増える。頼まれ事をこなしていると、そこに天命が見えてくる。こうして得た仕事は天職となるだろう。

 

心理学者のアブラハム・マズローは、

 

「どんな人にも起こり得る最高の運命、最高に素晴らしい幸運は、情熱的にやりたいと思うことをして報酬がもらえることだ」

 

と言っている。まあ、そこに行き着くのは勿論簡単なことではない。だけど人生一回きりなんだからそこを目指したくはないかい、って話だ。

 

何回かこのコーナーで段階を追って書いていきたいんだけど、お金と仕事が密接に絡み合っているのはまあ当然として、メンタルにも深く関与しているし、ウソかマコトか神霊界の真理とも密接に関連があるらしい。

 

そこらへんに深入りすると話がアヤしくなってくるのでほどほどにしておくけど、この文脈で語ると本質が見えやすいのも確かなので随時、受け売りだけど取り上げていきたい。

 

さて、何から語ろうかな。

 

まず、「五戒」について触れたので「仕事」の面から見ていこうと思う。

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まあ世の中、「天職」に就いている人の方が少数派だろう。多くの人は自分が何を本当にやりたいのか、役割とか使命とかを知らないまま年老いていくのが現実だ。じゃあおめえは知ってんのかよ、ぁあん?と問われれば正直分からないんだけど、三次元の世界に住む人間は当然私含め一寸先も分からず、時々ケモノ道に入って袋小路で行き詰まることもある。でもそれとて、無駄ではないのだ・・・と、今ではちょっとだけ思っているw。

 

まあ、それはいいんだけど(いいんかい)、「仕事」をどう言う視点で捉えるか?と問えば、概ね三つくらいの尺度にまとまりそうだ。

 

一つは「生活の糧」。

 

当然「働かざる者食うべからず」なので人間食っていくためには日銭を得なければならない。だが、この階層で仕事を捉えていると、義務感が先行し仕事が苦痛の対象になり易い。

 

先に残り二つを書いておくと、権力とか名誉のための手段が二つ目。もう一つが「天職」だ。

 

話を戻す。

 

「徳分を積む」と言う考え方がある。どんなにつまらんと思えるような仕事でも、「天国に徳を積む」と言う視点で仕事をしてみる。もう少し具体的に言うと、「学問」・「芸術」・「信仰心」の物差しを仕事に持ち込むことだ。余計分からなくなってしまったw。

 

何かと言うと、「学問」は探求心や好奇心、向上心と紐づけること。「芸術」は器用さや要領、センスを磨くこと。「信仰心」は上司や同僚とうまく人間関係を築いていくこと、である。

 

最初は東大を出ようが、京大を出ようが、ハーバードを出ようが、大日本男一匹塾を出ようがやることと言ったら普通は雑用だ。こん時にプライドと意識を高く持っているとつまづく。

 

最初の洗礼と言うか、通過儀礼がこれで、日本企業やお役所はこう言った関門と言うか、慣例がある。まあ、世界はどうか知らんのだけど、いきなり責任の重い仕事を預けるようなところもまあ・・・あるのかなあ・・・。霞が関あたりは結構早いうちからでっかい案件を預けられると聞くがよく分からない。

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あ、ブラック企業は例外よ。あそこは経営者が責任を負いたくないもんだから、新人に責任の重い仕事をいきなり押し付けて、おいしい所だけ持っていき何か事が起こったら損害賠償付きで責任を取らせる魂胆だからまあ、ほんっとうやばい。モラルもくそもない。だから入っちゃったら逃げてえ~~

 

わき道にそれたが、こう言う時にそう言う高いプライドと意識をどう誤魔化すは存外大事なことだ。精神論ではない。こじつけの問題で職場は天国にも地獄にもなりうる。「誤魔化す」と言うと言葉が悪いがまあ、なりふり構ってはいられないとも思うのでこの際なんだっていい。

 

話は逸れるけど、「8050問題」の渦中にいる人で、引きこもりの状況を抜け出せない、一歩を踏み出せない人はきっと自分を責めていると思う。何も動機は高尚なものでなくていい。「真人間になって働かなければ・・・」とかじゃなく、「ビジネスで一発稼いで彼女作って毎晩セクロスしたい」とかの俗っぽい動機で全然いいのである。

 

ともあれ。

 

その時に、一番まずいのは自己中心の姿勢。「自分さえよければ」のストロングスタイルだ。多かれ少なかれ人間生きていく上で、ましてや仕事ともなれば誰かに迷惑をかけるものだけどそんなレベルではない。

 

手伝ってもらっても感謝の言葉もない。口を開けば愚痴や悪口ばかり。こう言うやばい人はいる。自分にもしそう言うところがあるのなら、改めた方が良い。そうでなくて周りにそう言う人がいたら距離を取ろう。巻き込まれるし下手したら利用されるリスクすらある。

 

次に、ちょっと前まで自分が持っていた価値観・仕事観だが、「自分はどうでもいい。世の為人の為」の姿勢。

 

これも今思うとちょっと極端だ。自己犠牲的な物差しである。

 

以下の書の受け売りなのだが、確かに自己中心スタイルよりずっとメンタルは楽だった。いや、自分は自己中心と言うよりは他人に気を遣いすぎる、他者の目が気になりすぎるきらいがあったのだが、これも実は自己中の一形態なんである。

 

〈新装版〉「唯識」という生き方: 自分を変える仏教の心理学

〈新装版〉「唯識」という生き方: 自分を変える仏教の心理学

 

まあ、この書自体は名著なんだけどね。エゴ心や執着心とのうまい付き合い方が学べる。

 

基本的には、「自分も良し、他人も良し」の価値観が一番いいのではないか、と言う所に現在落ち着いた。 

 

なので、今現在は「自分も良し、他人も良し」の価値観・尺度を持ち、「世の為人の為」、「徳分を積む」感覚で仕事に全力で取り組む、と言うスタイルになっている。

 

これが実にすがすがしいのだ。人も集まってくる。

 

昨日聞いた話なんだけど、首都圏に「太っちょ」の女性だけのキャバクラがあるらしい。ここが結構繁盛しているそうなのだ。

 

「ナンバー1」の女性はもう、自分の身体をネガティブに捉えるどころかむしろ価値を生み出す源泉に昇華させているらしい。自分の「太っちょ」の身体こそ個性で、宝だと言う訳だ。

 

一方で仕方なく義務で勤めている女性で、自分の身体をコンプレックスのシンボルとしかとらえられない人もいるようだ。当然前者と後者では仕事の質も量も、オーラも何もかも歴然とした差があるそうだ。

 

自分はちょっと前にメンタルブロック解除のカードなるものを取り寄せた・・・話はどこかで書いた。これがどうも、効いているようなのだ。

 

自分のウィークポイントは腰とけつだ。

 

うそだがまあ、メンタル患いと言うことだ。

 

昔なんてもう、これを隠しながら人と会い、それが不自然さとこわばりを生み「なんだ、この人?」みたいな表情を浮かべられ、その後一回こっきりで連絡が取れなくなったことなど枚挙にいとまがない。

 

「メンタル疾患=弱さ」

 

と言うレッテル貼りを勝手にして思い込んでいたからだ。でも、どうも違うのではないか?と、はたと思った。

 

カードには「浄化・癒し・覚醒」と三種類ある。ずっとブロックが邪魔くさくて浄化カードを頻繁に使っていた。勿論メンタル疾患がこれで治る、と言うものではなく、ネガティブスパイラルのもとになる健康不安や自己の執着などを手放し、他者への貢献への軸へ意識を向けさせるブレーキ外しをする役割だろう。

 

これは総合的にはカードの効果と言うか、本や人の話、ブログ記事などで後付けで気づいたりする場合もあるのだけど、その辺もひっくるめてと言うことなのだろう。いい具合でいい情報を引き寄せている可能性はある。

 

まあそれはともかく、ネガティブな自分の弱点を武器に昇華・転化させる。これも考え方ひとつだ。気合とかの問題ではない。

 

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しかしながら、メンタルブロックが宿便並みにごっついと意識がどうしたってそっちへ向き、ブロック外しにエネルギーを費やしてそれどころではないだろうから、こう言うツールもいいのかもしれないな、と思ったのだった。

 

どうも、話があちこち飛ぶのは自分の悪い癖だ。次回に譲る。では。/おしまい。 

 

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