筋トレと認知療法は続かない。
どうも!
さて、月曜から特養老人ホームへ出向いて正式にボランティアをすることに相成った。
今の所、大体の目安としては週3~4日、仕事が終わった後に1時間半くらい。時間は増えることはあっても減りはしないと思う。
お年寄りの話に耳を傾けたり、微笑んだり手を握ったり。今のところはそんなイメージで捉えている。心患いとして出来る限りのことをするだけである。
職員さんに言われたことはお年寄りの言葉を遮ったり否定をしないでほしいと言うこと。これは任せてください、と・・・言いたくなった。
よくいるじゃないすか、人の話をすぐに遮ったりいちいち否定から入るお方が。ナニサマか知らんけど。そう言う傲慢な人間に不快な思いをさせられた身としては反面教師の真似事はしたくはない。
全ては繋がっている。佛教哲学的な教えをそのまま体現するだけだ。行けば分かるさ。アントニオ猪木氏にも密かに背中を押されていたりもする。
ただただシンプルに、エゴによる不安を断ち切る方法はエゴを後退させて世や人に尽くすことしか今の自分は知らないからである。そのことによって自分が少しでも成長出来ればそれでいい。
さて。
京都アニメーションの凄惨な事件から一夜が明けた。「京アニ」と言えば世界に冠たるブランドである。理不尽にも一人の狂人により多くの命が絶たれたことをまだ冷静に受け止められずにいる。
だが、それとは別にSNSなどを見るのはほどほどにした方が良い。
こうしたニュースを繰り返し見ていると、知らず知らず無意識レベルで大きなダメージが蓄積されていく。勇気を持ってSNSなどの媒体から離れることは極めて大事なことだ。犯人を断罪したい気持ちも分かるが断罪するのは司法の仕事だ。普通の人が正義の刃を振りかざしジャッジしようとすると必ずどこかで歪みが出る。個人レベルでも社会のレベルでも。とても悲しく残念な事件であるがそこはくれぐれも線を引いてほしいと願っている。
話を変えよう。
タイトルに筋トレの話を乗っけた。今期アニメで筋トレの作品があるのでちょっと観てみたけど・・・。う~む、ふざけている様でかなり本格派である。
「お願いマッスル♪」
自分は身長が182センチ、体重が88キロある。
今日ご老人に目線を合わせ微笑み返しをした時、兄さん兄さん、膝なんかつかんでええから、と言われたがこれは、いかつい顔とガタイで威圧感を与えたくないがためだ。勿論人生の先輩への敬意もあるが。
そんな私が筋トレにえっちらおっちら励んでいたのはつい半年前くらいまでである。正直、二週間くらいしか続かなかった。なるほど一人で頑張ってても自分との戦いに負ける。ほぼほぼ完敗する。ジムに入り入会費なんかを払って元を取る、と言う動機からでもいいのでジム入りした方が絶対にいい。
その前も何度か挑戦しては三日坊主に終わっていた。田舎だし貧乏なのでジム通いも出来ない。仕方がないのでスマホアプリで一日これくらい、とトレーニング量を決めて取り組んでいたのだが・・・いや、まあ、なんともはや。このアプリのメニューを独力でこなせる超人はいるのだろうか・・・。
まあいい。
今は仕事がガテン系なので実は結構身体は締まってきた。うつ最盛期の頃は薬の副作用もあって105キロまで行ったこともある。だが、筋トレはうつ治療の必要条件にはなりうるかもしれないけど絶対ではない。筋トレしてたら治ったよ、とか言う人がいたかいないかは忘れたが、筋トレを完遂できるくらいになってればとうにうつなど治ってるよ、と言う鶏が先かタマゴが先か、ってな話だと思う。
そんなわけで。
さて、認知行動療法である。これはニ三日前に再開した。二週間くらいサボっていた。
シンプルなトリプルカラム表であるが、しちめんどくさい心気症をまずは左の欄に感情と共に吐き出し、いやいやあんさんちゃいまっせ、とツッコミを入れていく。
このツッコミは、日々の仕事や読書などで身に付けた、様々な自信のモトを武器として取り入れアップデートしていくので、日々バージョンアップしていくのである。そうじゃないとダレる。
おんなじ武器しか持てないのならその単調さにすぐ嫌気がさすだろう。だから、日々の成長日記的な位置づけとして楽しみながら取り組むのがいいのだと思う。
そう、全ては繋がっているし、不変なものなどないのである。
で、だ。
よく言われているのが「ポジティブ日記」と言うやつである。
何かと言うと、一日にあったいいことを三つ書き出しましょう、と言うものだ。これは色んな所で推奨されているので耳にされた方もいらっしゃるかもしれないが、自分は気休めくらいの効果しかないだろうとどこか決めつけているところがあった。
脳みそはわざわざその宿主に悩み事を提供する。ポジネガなら、よほど達観した人でない限りネガを向くようにプログラミングされている。一つは農耕民族であった時の名残があり、肉食獣なんかの脅威や生命の危険にフォーカスする合目的的なシステムとして説明がつくし、人間一寸先も見えないのだから予期不安が出て普通なのである。
その脳みその不安サーチ機能の矛先を少しずつずらしていこうと言う趣旨であろう。
まあそれはともかく、この「ポジティブ日記」と言うのも「認知行動療法」の一環らしい。「記憶のゴールデンタイム」と呼ばれる寝る前に、ポジティブな記憶を再現することには一定の価値があるだろう。
まあ、仕事以外はかる~い気持ちでやりましょうや、ってな話なんでしょうね。頑張りすぎないように、ほどほどがよい。
ただ、自分なんかは結構死を強く意識しているところがあるから、毎日が全力である。良くも悪くも。
ある程度日々の行動に覚悟が宿ると上述の武器は業物レベルになっていくものだが、まあそんな悲壮感を漂わせている自分を見るとなんだかなとなるので、ほどほどに甘やかそうと思ってもいる。
人間そうやってバランスを取りながら生きていくんすねw。
では。/おしまい。
>>猫P様(id:nkobi1121)コメント、ありがとうございます!最初青チャで半月くらいえっちらおっちら頑張ってたけどあの分厚さと事務的な解答は心を折りに来ますw。辞書がいいですよね。